ぽとりと落ちたノスタルジア

最近の日記は数年前の日記を書いている。時々リアルタイム日記を挟みます。

深夜徘徊

犬日記5。





こうして私の深夜徘徊癖は中学3年生の時から始まった。





そんなある日の朝の食卓にて•••。





母橘 「おまえ、夜中出歩いてるでしょ。」



ギクリ。



祖母橘 「夜中出歩くもんじゃないよ。」





なんで知ってるんだよ。





中学生橘 「•••でもチビも一緒だし。」





夜中起きてるのはいいけど家にいなさい、
ということで話は終わった。









それでも深夜徘徊やめない中学生橘。
もちろんチビも一緒だ。
勉強も不完全ながらしてたし、非行要素ゼロ。



学校にも休まず通った。






しばらくすると、
「チビは毎日散歩に連れて行ってもらって大喜びだね。」と、
私の深夜徘徊を笑って許してもらえてた。






ちなみに受験はわりとすんなりうまくいき、合格した。
受験の前の週にややコンディション崩したものの、
そのせいで受験の週は万全のコンディションを整え、担任の先生から
「おまえはほんとに運がいいな。最高のタイミングだ。」
と超嬉しそうにされたのは今でも強く印象に残っている。


わずかながらも祈ってたからだと今ならわかる。
RAPT | RAPT有料記事116(2016年10月31日)明け方の祈りにはどんな意味があり、どんな効果があるのか。









受験が終わっても、長期休みに入るとチビとの明け方の散歩は復活した。


つまり、私は1時〜5時頃起きている生活を好んでしていた。
むしろ朝6時が近付くと、
いつもすごく残念に感じていた。


それは受験生の時同様、どの季節であっても変わらなかった。





とはいえ、日中散歩に連れて行く事もよくあった。
チビは家から15分程歩いたところにある用水路で水浴びするのが好きだったので、夏はよくそこに連れて行って遊んでいた。





ちなみにあの当時は全く気づかなかったんだけど、
あの時点でチビは結構な老犬だったと思われる。
どんなに少なく見積もっても、あの時点で15〜16歳は超えている。



それでもすごく元気だった。




むしろ私の方が疲れていた。
常に体調良くないっていうのもあったんだけど、
運動神経ない上に体力もなかった。


チビと一緒に走っている時、チビは私の走るスピードに合わせてくれてた。




それなのに。




私は何もないところで転んだりしてた。
そんな時、チビは
近くまで来て心配そうに待ってくれてた。



チビ (あるじ、大丈夫か。)

中学生橘 (い•••痛い。鈍臭すぎて死にそう。)




再び走り出すと、チビもすごく嬉しそうに走り出す。



しかし中学生橘はすぐ息が切れて立ち止まってしまうので、
チビもその都度止まらないといけなかった。



私があまりに息が切れて苦しくて呼吸を整えてると、
チビは不安と心配の色を目に浮かべ苦痛とも言える様な表情になった。



中学生橘 (ヤバい。チビが心配している。)



苦しくても再び走り出す。

しかしやはり息が続かない。


チビ心配。

ヤバい。再び走り出す。

苦の無限ループ。





チビ (どうしよう、あるじが苦しそうなのはオイラが悪いのか。)


中学生橘 (チビのせいじゃないよ。)



走り出す。

散歩はいつもそんな感じだった。







歩けばいいんじゃないかと思うんだけど、
チビ、元気だったし走りたそうにしてたんだよね。

だから、大人の犬だとは思ってたけど
老犬だとはまったく思ってなかった。














なんて楽しそうなお散歩タイム!↓

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