なんとご主人とお店の女性からの期待を受けて私が偶然選んだお酒はその店で最も高いお酒だった。
見ているだけの私をよそに、この店で一番高い酒が人数分のグラスに注がれていった。
そしてみんなで乾杯!
私いつのまに常連客さんとお店の人の輪に入っていたのか。
常連客さん「君、はじめて来た店で一番高い酒ねだるなんてすごいよね!!」
皆にお酒をふるまってくれた常連客さんは私にそう言って肩を落としていた。
このシャンパーニュ最高に美味しい。辛口の白で花みたいな香りがする。
ご主人もお店の女性も仕事中なのに大変喜んでいた。
特にご主人。
「いやあ〜、週の最後にまさかこんなに美味しい思いが出来るとは…がんばって1週間働いてきてよかったよ!今日が今週で1番売り上げがいいよ!橘さんありがとう!!」
とんでもないです。あそこで肩落としてる方のおかげです。
ちなみにこの時のご主人の顔は輝いていた。頬なんてつやつやで薔薇色。私はあの輝きを一生忘れない。
私が魯山人や漆器を眺めながらゆっくりグラスを傾けていると、ご主人がススーと私の近くに来た。
「橘さん、もう1杯飲みたいって言って!」
小声でご主人がささやいた。そんな。いやだよ。
「いいからいいから!もう1杯飲みたいって言えば大丈夫だから!!」
何が大丈夫なものか。ご主人と私の、もう1杯、だめですの小声のやり取りがしばし続いた。
本人に聞こえてませんように。
こうしてゆっくりと時間が流れるなか、皆で常連客さんを囲んで楽しいひとときを過ごした。
この常連客さん、10年くらいほとんど毎週通って来てくれてる方で、お仕事は建築関係だそう。仕事で来れない週が何回かあっただけで、ほんとに毎週らしい。ご主人ともお店の人とも仲がよくて、以前料理人の社員さんが突然辞めた時も、その人をご飯につれていってあげて、ご主人とその人両方のフォローをしてこじれないようにしてくれたんだそう。
なんて親切で面倒見がよいのだ。私にまでシャンパーニュふるまってくれたしさ。
ご主人が言った。「橘さんも何かあったら相談するといいよ。助けてもらえるよ。」
助けてもらえないと思う。だって肩落としてるもの。
22時を回っていたので私は帰る事にした。お料理の最後に出た鯛の炊き込みご飯の上にのっかっていた鯛から取り出した鯛のタイをアルコールで洗ってもらって受け取ると、あらためて常連客さんにお礼と挨拶をしてお店を出た。
まだ春が遠い寒いある日の夜のこと。
※写真はあんまり関係ないんだけど、これしか。
全部消えてしまったの。