ぽとりと落ちたノスタルジア

最近の日記は数年前の日記を書いている。時々リアルタイム日記を挟みます。

*せんせいはどこに

hotakatachibana2008-01-04

今まで出会ってきた先生と呼べる人は数多くいるけれど、精神的な部分で力強く導いてくれる人物、というものにあまり出会ったことがないのだよ。


いや、いるにはいる。もう最高峰ともいえるほどすごい方なんだが。
でも、すごすぎて自分とはかけ離れすぎている。次元が違うのだよ。
なので、メイドイン煩悩な相談をしても失礼にあたるし、たとえ相談しても何も言ってはくれない。


この何も言ってくれないというのは、冷たいととる人もいるかもしれないが、そうじゃない。


この方が私に何も言わないのは、
本当に厳しくて、本当に温かいからです。
手取り足取り何でも教えることだけが優しさではなく、
あえて何もせず見守る、という深い優しさもあるんです。


そこには信頼してもらえているという安心感と自信が生まれる。


自分で解決できる力があると思ってくださっているからこそ、
いろいろ言わないのだ。


だから私も近況報告や喜んでもらえそうな話を持って行く。
たとえ何か困っていることがあっても、次元が違うので言わない。
言わなくたってお見通しだろうしね。


と、これが、次元の違うせんせいと呼べる方との関係なのだが、
ここ数ヶ月、次元が同じせんせいと呼べる方が欲しいと思っている。


履歴書と年齢と性別は不問です。


時々、この人がせんせいかしらと思うことがあるけれど、
たいていいつも時間の経過とともに違うことが判明するのだ。泣


知識とかノウハウという点からすると、
たいていは私も知っている、行っているという
ことがまず判明し、


自分にないものを持っているはずだから、
それを勉強させてもらおうとか思っているうちに


私に嫉妬しはじめるので、
いやがらせみたいなことがはじまり、
コミュニケーションが困難になり、


違うことが判明します・・・。


もう嫉妬してる時点で違うのですが、
それでもなにか心が通じるところがあれば
別にせんせいになってもらわなくても
コミュニケーション困難ながらも
普通に仲良くなれるかもと思うのですが、


自然に離れていかれます。笑


そういうことを繰り返しているうちに、
やはり私にはそういう存在が必要ないの
かもしれないと思うのですが、


いたら最高に素晴らしいと思うのだよ!!


だってありがとうございますという回数が増えるでしょ。
一諸に喜べるってすてきだし、
自分の未知の世界を教えてもらえたり
可能性を引き出してもらえたりできる。


友達とはまた違ったすばらしさがあると思う。


とくに、私は依存したり、相対的に考えすぎたりしないので、
すごくいい人間関係が築けそう。


今年はそんな楽しい年にしようと思う。